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ドライエイジングビーフとの出会い 日本ドライエイジングビーフ普及協会委員
鎌田昭男

2008年、MLAの佐藤氏とのオーストラリア視察旅行の際、メルボルンのイタリアンレストランでいただいた、40日間熟成したグラスフェッド牛のドライエイジングビーフ。

赤身肉でありながら、芳醇な香りと肉質のバランスの良い柔らかさとジューシーさとが一体となり、ソースなど必要としない逸品でした。それが私のドライエイジングビーフとの初めての出合いであり、その時の感動は今でも鮮明に記憶に残っています。

それまではオージービーフについて、実はあまり良い印象はなく、USビーフが入ってこないから仕方なく使っていたという具合でした。

それでもそれ以来、ドライエイジングビーフを日本のどこかで研究している人がいないかと思っていた折、一昨年、石神事務所の石神社長から銀座のレストランで『さの萬』の佐野社長が作ったドライエイジングビーフを食べる会があるからとの誘いがあり出席させていただくことにしました。が、そこでは自分のイメージするドライエイジングビーフにまでは出来あがっていませんでした。

その時が、佐野社長との初めての出会いになる訳ですが、ドライエイジングビーフに大変情熱を注いでいらっしゃる方だと分かり、それ以来、今日までおつきあいさせて頂いているのですが、昨年、佐野社長とニューヨークにドライエイジングビーフについて勉強に行きましょうとの誘いを受け視察旅行に同行させていただきました。大変勉強になる機会で感謝しております。

私のイメージするドライエイジングビーフは、和牛にも等級があるように、例えばA4、5の牛肉が鮪の大トロに例えれば、ドライエイジングビーフは鮪の最高の赤身まで仕上げなければ商品価値が出ないのではと思っています(和牛のように等級を作る必要もある)。

日本でも将来、ウェットエイジングの霜降り肉とドライエイジングの赤身肉の二極化に発展していくのではと思っています。

日本のドライエージングビーフ普及協会が、日本の食文化の発展に少しでも貢献していくことに協力していきたいと思っております。

株式会社東京ドームホテル専務取締役総料理長 
1943年、茨城県生まれ。71年渡欧。「ホテル・ド・パリ」「クロコディル」「ムーラン・ド・ムージャン」等で修業。帰国後、六本木「オー・シュヴァル・ブラン」料理長に就任。日本のフレンチ史上初めて「ポワソン・クリュ」(生魚)をメニューに出す。86年フレンチブームの中、ホテル西洋銀座の総料理長に就任。2000年より東京ドームホテル総料理長に就任。07年にはフランス農事功労章シュヴァリエ受章。
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